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ペルシャ・ワイン


そろそろ忘年会の季節がやってきますね。駅周辺でもロバタ焼きや鍋料理店で、酔っ払った団体さんが見えてきますね。そこになくてもならないものがあります。それは、ビール、焼酎、日本酒、ワイン日本。
古代からペルシャでもワインなくして王様の宴会が始まりませんでした。正倉院にもあるように、酔っ払ったペルシャの王様のお面が有名です。
  15世紀には、ワイン好きの面白い出来事が残っています。
1671年にフランスの宝石商であったジャン・シャルダンがペルシャへ行ったときの記録を残しているのです。彼が執筆した「ペルシャ紀行」は15世紀のペルシャの生活様式を知る数少ない資料として歴史学者がよく引用します。
  シャルダンがフランスから地中海を通り、船でコンスタンチノープル(イスタンブール)へ、黒海を抜け、東岸のグルジアで船を降り、馬で雪山を超えペルシャへ辿り着きました。

ワイン好きの王様に纏わるエピソードを紹介します。
ペルシャ紀行(459~461ページ)

「大宰相がワインを進めるイランの王様に対してメッカへの洗礼を果たした身としてそれまで以上に教えに忠実に生きることを義務付けられておりますので、と言って、どうか飲酒の儀は御容赦くださいと断り続けた。それに対して王は一人宰相だけが頑として葡萄酒を飲もうとしないのを見て、始終暴言を吐いては苛めており、あるときなどは飲まないからと言って撲りつけたことさえあったぐらいだ。杯になみなみと注いだ葡萄酒を宰相の顔、頭、衣服に浴びせかけさせたり、酔いに任せて、王者にふさわしからぬこの種の嫌がらせをさんざんしていたのだ

上の文章を読まれ、まるで日本の忘年会で社長が部下に「お前も酒を飲めへんかったら一人前やないぞ」と言っている状況を思い浮かべませんか?



シャルダンの「ペルシャ紀行」の547ページの5行目からは、ペルシャ国王との謁見式がこのように書かれています。

「広間のいちばん奥の入口に向かい合う位置にいろんな葡萄酒の入った金色燦然たる大壜(おおびん)が50本も並んだテーブルがあった。これらの瓶には(うわぐすり)のかかったものもあれば宝石や真珠をめたものもあるという具合で、テーブルにはこれらと並んで同じように豪華この上ない盃が60~80、それに皿もたくさん乗っていた。杯のなかにはサンショピーネ(1.5リットル)もあるが形は口径が広くて平たくて、ほんの指2本分ばかりの高さの脚付きである。」

・・・・これ以上、盛大で豪勢で華やかなものは世界広しといえども見られまい。モスクア大公国大使だけには、彼の故国の火酒が注がれた。この大使に何故葡萄酒を注がないのだろうと不思議だった。何しろ回りでは国王をはじめ、居並ぶ高官のほとんどが盛んに葡萄酒を飲んでいたのである。

・・・・先代が催された謁見式で粗相をしたことがあったおんですよ、と付け加えた。私はすぐにどんなことが起こったのか聞かせてほしいと言った。次席大使の胃の腑はこんなお酒はとうていこなぜず、すぐ戻したくなってしまったのだが、どこ吐いたらよいか分からず被っていた大きな貂の帽子を脱ぐと、その半分ぐらいまでどっと戻してしまった。周知の通りモスクア公国人は山の高い大きな縁なし帽をかぶっている。上役にあたる首席大使と部下の秘書官の二人は、次席大使がペルシャ国王と並居る廷臣の面前で起こしたなんとも不様なこの失態に顔色を失い、叱りつけ肘でつついてどうにか退出させようとしたけども酔っ払った次席大使には二人の言いたいことが理解できず、自分が何をしているかも分からない。そのまま帽子をかぶったからたまらなかった。顔も衣服もたちまち汚物まみれになった。ペルシャ王、謁見の場に連なっていた人々がいっせいに笑い出し、半時間もそれが止まらなかった。」



 ペルシャ母娘が読売テレビの「朝生ワイド」に出演

【放送日】2012年1月31日(火曜日)  「おしえて辛坊さん」でペルシャ音楽、料理と美術が紹介されました。 【よみうりテレビ放送株式会社】 10チャンネル



【撮影風景】これらの陶器コレクションは、古代ペルシャの生活用品です。大きな壺は7000年前の麦を保存する器で、なんと完全な形で出土された珍しいものです。たいていは、修理の後などが見かけられるが、艶がまだ残っている大らかな作品です。手前の雄羊の形をした陶器は、ワインを背中の突起から入れ、口から杯に注いでいました。その左側に横たわっているアンフォラは平和条約のときにワインを注ぎ双方が底から出てくるワインを飲み合いました。


番組の打ち合わせで我が家のペルシャ料理を振る舞ったとき、ディレクターは初めてのペルシャ料理だったそうです。


番組本番の日もテレビ撮影のためにペルシャ料理をディスプレーをし、撮影終了後にスタッフのみなさんと一緒に食べました。ディレクターは、「この間、奥さんにペルシャ料理がすっごく美味しいと話したら、『私も食べたい』といったんですよ。それで、あのぉ、今日はタッパーを持ってきたのですが、少しお料理をもらって帰ってもよろしいでしょうか」



タッパーを持参してくださるなんて、私としては、これに勝る褒め言葉はなく、作った甲斐がありました。


千夜一夜物語にちなんだ料理


 「千夜一夜物語」で描写されているフルーツとナッツのピラフ、ピスタチオで太らせた鶏、ザクロ料理、薔薇のデザートは、シェへラザード(ペルシャ語で都会っ子)が何十夜に亘って命懸けで語り続け、今もペルシャの家庭の食卓を彩っています。


 来客が大好きなイラン人は、お金を借りてきてでも食事に招待します。魔法のように数え切れない種類の食事を次々に出してくる場面は、度々千夜一夜物語にも登場します。シンドバットが「開け胡麻」の魔法の言葉を唱えると宝石が積まれた洞穴の扉が開くように、イランの家庭を訪れると、山積みの季節の果物で迎えられます。会話が始まるとホストは果物を剥き、食べ切れないほどの量をお皿に盛って次々と進めます。シェへラザードのように饒舌で、会話は終わることがありません。


巨大なクリスタル・ガラスの器には果物と一緒に胡瓜も盛られています。ペルシャで育つ胡瓜は、瑞々しくデリケートな味がするので、ティーカップと果実と一緒に飾っても、不思議ではないのです。



 胡瓜の皮を剥きスライスし塩をふりかけると、これ以上のヘルシーなおもてなしはありません。何杯もの紅茶を飲み、木の実、干し果実、スイーツで満腹になったところで、豪華な料理が食卓に運ばれます。数々のハーモニーを奏でる料理。果物、野菜、肉、豆、米、麦、木の実、香草で材料のコンビを変えながら、数限りない料理が登場します。ほんのりと香辛料が効き、滋養に富み、カロリーが低く、フルーティーな香りが漂ってきます。

 お喋りとお料理が大好きなペルシャ人。家庭に招待されと、今度は歓待を受けた人が、その家の人を招待します。そして、お礼にはまたお返しと、千夜一夜のおもてなしが続きます。


ペルシャの食卓のデザイン:プーリー・アナビアン
文:ダリア・アナビアン(母娘)


1001島のサラダ



ブラウンレンズ豆スープ


キャベツのピラフ


人参とインゲン豆のピラフ



人参とプルーンの煮込み



サフランのチキンケーキ



ザクロ・サラダ


ペルシャ風ハーブとミートボール入りラタトーゥユ


ダリア・オリジナル・オレンジとミント・サラダ


黄金のういろう

千夜一夜物語のなかで描写されている未知の世界の料理を紹介するブログにこれから、ページが増える予定です。コメント欄にご感想を書いてね!

ホレッシュ(煮込み料理)

チェロは、白ご飯で、ホレッシュは、煮込み料理。ペルシャの日常の食卓には、多種多様のホレッシュが並び、好きなホレッシュをチェロの上に盛りつけて味わいます。


RECIPE
【材料 4人分】

カレー用牛肉(羊、鶏のもも肉)500g  
玉ねぎ           1個
油             大さじ1 
塩             小さじ1 
胡椒            小さじ1/2 
ターメリック       小さじ2 
ナツメグ         小さじ1/4 
水             8カップ 
茄子            6個
 油            適量 
 塩            小さじ1
 胡椒           小さじ1/2 
 砂糖           小さじ1/2 
サヤいんげん      200g
イエローレンズ豆    2/3カップ
トマト            2個          
トマトペースト       大さじ3
ドライレモン        4個
(またはレモンかライムの絞り汁 大さじ2)

【イエローレンズ豆の準備】

 イエローレンズ豆を一晩、水に漬けておく。
2 イエローレンズ豆が軟らかくなるまで20分ほど茹でる。


【肉の準備】

 玉ねぎを薄くスライスする。
 フライパンに牛肉と玉ねぎを入れ、かき回しながら肉から出る油で強火で炒める。徐々に火を弱くし、しっかりと焦げる寸前まで中火で炒める。(鶏肉を使う場合、フライパンに大さじ1の油を入れてよく熱してから炒める)
5 塩、胡椒、ターメリック、ナツメグを入れ、こんがりと飴色に仕上げる。
 肉を煮込み用鍋に移し、水を加える。ドライレモンを使う場合はこの時点で入れる。肉が軟らかくなり、とろみがでるまで中火で煮込む。焦げそうになったら水を継ぎ足す。
 鶏肉は30分、牛肉は1時間、羊肉は3時間ほどかかる場合があるので時間の短縮には圧力鍋がお勧めです。


【仕上げ】

トマトをおろし金ですりおろし、トマトペースト、イエローレンズ豆を入れて10分煮込み、ライム汁で酸味を調える。
 茄子は、三角に尖がったへたの先を切り揃え、へたを残して皮を剥く。
9 フライパンに油をひき、茄子をこんがりと炒めて塩胡椒で下味を付ける。
10 サヤいんげんは両端を切り、斜めに長さ4cmほどに切る。軟らかくなるまで炒めて塩・胡椒で下味を付ける。
11 ホレッシュ・バーデンジャンを器に移し、飾りに茹で上がったサヤいんげんと暖かい茄で盛り付ける。
※ 水が多すぎたら、フライパンを弱火にかけ、大さじ2~3の小麦粉をきつね色になるまでへらでかき回す。少しの水で溶いてから、煮込んだ肉の鍋に加える。
 



ハヤシライス(ちょっと古いけど)のイメージで、煮込みをご飯にかけると、最初はみんなこってりした料理を期待して、口いいれてみると、思っていたよりあっさりしているので、一瞬戸惑い、少し経ってから、「これおいしいやん」と納得してくれる。噛んでいくうちに、味がどんどん馴染んできて、みんなのお皿がいつの間にか空っぽになっていました。




2011年6月4日夙川のゴブレンズ雲井文化サロンで春向けに茄子の煮込み料理をアンコールで作りました。レシピで説明しきれない秘訣を紹介しました。ペルシャ料理の煮込みは、肉の臭みを取るためにスライスした玉ねぎで炒めます。肉から出る油で炒めると玉ねぎがこんがりときつね色になってきます。そこで・・・

 

 玉ねぎを肉と炒めるとき、たぬき色で止めないで、濃いきつね色まで炒めるようにと説明するのですが、説明しきれないのは炒める加減・・・「まだ炒めるんですか、まだですか、まだですか」とよく聞かれますが、ほんと~に焦げる寸前まで肉と玉ねぎを香ばしく仕上げてから、煮込み用の鍋に移すのです

バーデンジャン(なすび)は茄子は、三角に尖がったへたの先を切り揃え、へたを残して皮を剥いてしっかりと油で炒めるのですが、ここで度々聞かれるご質問。油を使わず、オーブンで焼いて、煮込み料理に入れてもよいか。





茄子はオーブンで焼くと表面がしわしわになって縮んでしまい、そのまま塩、胡椒をして食べるのはよいけれど、煮込み料理と溶け合わないので、やはり、伝統のレシピ通り炒めた方が美味しいのです。


レシピでは、茄子の煮込み料理の新鮮さを出すために、トマトを角切りにし、鮮やかな色を出すためにトマトペーストを入れます。ご面倒な方は、代用に缶詰トマトを使ってもよい。

 

ホレッシュ・バーデンジャン(なすの煮込み)をかける、ペルシャ風ご飯の炊き方に挑戦し、黄金色のお焦げができました。 
 

朝は、料理教室、お昼はランチをして、午後はペルシャ文化の紹介でみなさまと長い一日をあっという間に過ごしました。


イランというと、砂漠をイメージされるかもしれませんが、国土は日本の4.5倍あって、その半分は緑豊かです。


私が生まれたテヘランの北部に連なるアルブルズ山脈の雪解け水から、水が豊富にとれ、たくさんの種類の野菜や果物がとれ、質のいい羊を育てる牧草も豊で、このような自然界がペルシャの食文化を育んできました。


煮込み料理だけでも、野菜、果物、豆、香辛料、香草、肉の組み合わせで何百種類もの料理が出来上がってきました。「開け胡麻(ごま)の煮込み料理」材料は、肉、トマト、マシュルーム、サヤいんげん、胡麻(ごま)の組み合わせです。千夜一夜物語に登場するアリババと40人の盗賊は、これに近いものを食べていたはずです。だから「胡麻」と言ったら、宝石いっぱいの盗掘の岩の扉が開いたのです。


また、千夜一夜物語では、柘榴料理が上手は王子さまが誘拐されてしまいます。遠い町の商店街の出店のキッチンで7年間ザクロ料理を作っていました。彼を探し求めにきたお母さんがたまたまその料理を食べて、この味を出せるのは息子しかいないと気づき、王子様がキッチンに隠されていたことが発覚されます。この料理は、イランでは有名で「フェセンジューン」と言います。ご飯にかけて食べます。


カリンの煮込み料理には驚くでしょう?日本では、お酒に漬けて喉がいたいときに呑みます。最近は、あまり見なくなりました。使い道がないと思われているからかしら?


カリンがない場合、林檎を代用してもよいです。


林檎、鶏、玉ねぎ、トマト、トマトペースト、香辛料を一緒に煮込むと鶏肉がフルーティーな味になってきます。


チェロ(ご飯)


イラン北部の湿潤な気候は稲作文化にぴったりで、日本の風景に見間違えるようなイネが植えてある田圃が見られます。


古い文明地であるイラン高原とカスピ海に囲まれた盆地(ギーラーン州、マーザンダラーン州、ゴレスターン州)には山の雪解け水が豊富に得られ、高質なお米が栽培されてきました。


イランでは二種類のお米を使い別けます。スープや団子には日本のような丸いお米、ジャポニカ米。羊の串焼きや煮込み料理に添えるのは、粘り気が少なく香り高いインディカ米。
タイ/ジャスミン米は、腰がなく扱いにくいので、インディカ米、またはバスマティ米が手に入れば、是非挑戦してみてください。


日本ではお客さんにご飯のおこげを出すのは失礼なことですがイランでは最高のお持て成しです。上手にご飯を焦がせない女性はお嫁に行けません。

 この“おこげ”をきれいに仕上げるために、細長く粘り気の少ないインディカ米を使うと、パリパリとおかきのように香ばしく仕上がります。日本のお米を使うと、厚めのお焦げに仕上がります。(歯の丈夫な方はどうぞ)デリケートに蒸し上げた白いご飯をチェロと呼び、麺を茹でるようにアルデンテの状態でザルに上げます。鍋底に少量の水と油を引き、アンダンテのご飯をピラミッド形に盛って蒸し上げます。鍋をひっくり返すとベークド・チーズケーキのように仕上がります。


2011年2月26日 豊中市立活情報センターくらしかんでオクラの煮込み料理を作ってみました。


ペルシャの煮込み料理はお焦げご飯にかけて食べます。


半煮えごはんをザルに挙げているところ。お米の作り方は日本と全く違うのでみなさん驚いていました。


鍋に米を入れ、浸る程度に熱湯をそそぎ、5分ほど茹でる。この時にもうひと掴みの塩を入れる。米をゆっくり混ぜ、膨らんで芯が少し残った状態で火を止め、ザルにあげる。


クッキングシートを敷いてお焦げを作ります。その上のご飯がふんわりと蒸し上がります。


色んな新しい料理を同時作っていき、混沌な状況でどうなるかと思いました。でも料理は魔法のように次々と出来上がってきました。ご飯とじゃが芋のお焦げが出来上がったとき、みんなは安心した表情をみせ、拍手してくれまいた。


調理をしていたテーブルは、ダイニングテーブルに早変わり。ぴったり時間通りに料理がのりました。


友人の吉田直子が手にしているのは薔薇水です。チェロ(ご飯)の上にも少しふりました。薔薇水は日本の醤油のように、どこのイランの家庭にもあります。


料理教室の後は講演会で食文化のお話をしました。



ペルシャの食文化だけでも、ペルシャの7000年の歴史が語れます。そして、長い歴史のなかに、ペルシャと日本文化が二重の平行線のように進んでいるところが多くあります。イラン人と日本人の共通の習慣やメンタリティには驚かされます。






ダリア・オリジナル・デザート

Dalia Original Dessert 第一号 「ペルシャの四季」 千夜一夜物語で登場する数々のデザートは、今でもシルクロード発祥の地で食べ継がれています。日本からはるか遠いペルシャの人たちはどんなスイーツを楽しんでいるのでしょう。中世ヨーロッパやインドに影響を与えたペルシャ料理を通して、食通の人もまだ経験したことのない味へ誘います。

ダリア・オリジナル・デザート 
まったく異国のものなのに
何故か懐かしい味

イランの四季を表す4色ブラマンジェ    何故、ペルシャの四季かと言いますと、みなさまはイランを砂漠の国だと思っていませんか。とんでもありません。下の写真はイランの北部に連なっているアルブルズ山脈です。万年雪をかぶっているペルシャの富士山。


イランの春は、雪解け水が流れて芝生をエメラルドグリーンに染め上げます。


上の写真は、北海道の林ではないですよ。


イランの秋は、紅葉が雪をバックにして映えています。いろんなシーズンを味わえるイランを示すデザート、「ペルシャの四季」のサフランの層は、春のさんさんと輝く太陽。カカオは、秋のチョコレート色の並木。バニラは、シャーベットのように冬の山脈をすっぽり包む雪。ミントは、ペルシャブルーの透き通った夏の空。実は、イランは地理的変化に富んでいるため、紅葉と雪山を同時に鑑賞でき、プールで泳いでから、車で山へ数時間も走ればスキーができます。一日のうちに四季が味わえます。
このデザートは、ワンシーズンごとに食べ、又は・・・


ペルシャの四季を一度に味わえるダリア・オリジナル・デザート



ホテル日航茨木 大阪で2007年の季節限定のデザートとして
「ペルシャの四季」が発表されました。
2007年11月10日の産経新聞に紹介されました。



ダリア・デザート PARTⅡ ペルシャの四季 果物と生クリームが乗ったバージョンも出ました。



ダリア・デザート PARTⅢ 黄金のういろう ペルシャの新年は、自然界が生まれ変わる
春分の日に当たり、スイートな年を迎える
ためにペルシャの黄金のういろうを食べる
伝統があります。お米を使ったお菓子は、
和菓子によく似ています。このサフランの
レシピーをまたそのうちこのブログで発表します